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協会概要

ヘレンケラー・サリバン賞

 「ヘレンケラー・サリバン賞」は、視覚障害者の福祉・教育・文化・スポーツなど各分野において、視覚障害者を支援している「晴眼者」にお贈りする賞です。これは、「視覚障害者は、何らかの形で健常者からのサポートを受けて生活している。その支援に視覚障害者の立場から感謝の意を表したい」との趣旨で、当協会が1993年(平成5年)に創設しました。なお、同賞の名称は、ヘレン・ケラー女史と同女史を生涯支え続けたアン・サリバン女史の両氏の名に由来します。
 選考は、視覚障害者によって推薦された候補者の中から、当協会が委嘱する視覚障害者の選考委員によって、検討・決定しています。第1回の社会福祉法人全国盲ろう者協会理事長の小島純郎千葉大教授に始まり、毎年1回、選ばれた個人・団体の献身的な行為と精神に対し、感謝を込めてお贈りしています。

ヘレンケラー・サリバン賞の贈賞式が行われました

(写真)三浦理事長から賞状を手渡される酒井さん

三浦理事長から賞状を受ける酒井久江さん(左)。左奥は本間昭雄聖明福祉協会理事長

 2011年度ヘレンケラー・サリバン賞の贈賞式が、10月4日午後4時から当協会3階ホールで行われ、今年度受賞者の全国盲老人福祉施設連絡協議会(全盲老連)常務理事・事務局長、酒井久江さんに賞状と記念品が贈られました。式には長年酒井さんが仕えてきた聖明福祉協会の本間昭雄理事長も同席し、酒井さんの受賞を祝いました。

 三浦拓也理事長が本賞(賞状)を贈ったあと、田中徹二選考委員長(日本点字図書館理事長)が、副賞として記念のヘレン・ケラー女史直筆入りクリスタルトロフィーを贈呈。田中委員長は「酒井さんは全盲老連のお仕事をほとんどお一人でなさるとともに、本間先生に仕えて、さらに人生を素晴らしいものにされたのです。この業績に対し選考委員会は満場一致で酒井さんと決めました」と選考経過を話しました。

 受賞スピーチに立った酒井さんは「点字と出合って51年、聖明園に勤めて44年になりました。今回ヘレンケラー・サリバン賞という意義深い賞をいただき、深く感謝いたします。私がやってきた仕事は視覚障害者のために、こつこつと取り組んできただけですが、この受賞が仕事の集大成と思い、さらに仕事を続けていく大きな力を与えられたと思っています」と挨拶、聖明園の紹介や全盲老連の現状など話していただきました。

2011年度ヘレンケラー・サリバン賞は
  全盲老連常務理事・事務局長の酒井久江さんに

 第19回(2011年度)ヘレンケラー・サリバン賞は、国内外の視覚障害福祉の調査・研究、全国盲老人施設職員研修の企画と開催、施設間の国際交流等を通じてわが国の盲老人の福祉向上に尽力された、全国盲老人福祉施設連絡協議会(全盲老連)常務理事・事務局長の酒井久江(さかい・ひさえ)さん(69歳・東京都青梅市在住)に決定しました。
 贈賞式は、10月4日(火)に当協会ホールで開催され、本賞(賞状)と副賞として、ヘレン・ケラー女史の直筆のサインを刻印したクリスタルトロフィーが贈られます。

受賞理由

(写真)ヘレンケラー・サリバン賞を受賞した酒井久江さん

全盲老連常務理事・事務局長の酒井久江さん

 都市銀行の地方支店に8年間勤めた後、酒井さんは昭和43年(1968)4月に、盲老人ホーム聖明園を運営する社会福祉法人聖明福祉協会に就職。それから10年間は聖明園の寮に泊まり込んで、昼も夜もない多忙な日々を過ごす。周回遅れで飛躍的成長がはじまった福祉業界は、まったく人手が足りず、誰もが大わらわの時代だった。そんな中でも彼女が特に多忙を極めたのは、就職した同じ月に全盲老連が発足し、全盲の事務局長(聖明園園長)を支えなければならなかったからだ。
 「全国各都道府県に盲老人ホームを建設する」を最大の目標に発足した全盲老連は当初4施設(3法人)でスタートしたが、その後全国に盲老人ホームが次々と建設され現在79施設(51法人)が加盟している。
 全盲老連事務局の忙しさは加盟団体が増えたからばかりではない。そもそも行政に「盲老人ホーム」という概念が希薄だったため、昭和43年から在所者アンケートなどの地道な調査活動を繰り返し、それを職員定員の増員に結びつけるようにした。盲老人ホームは一般の老人ホームより人手がかかると訴えるだけでは行政は動かないので、それを数字で示し、事務局長を先頭に厚生省(当時)に陳情を毎年繰り返したのだ。その成果は少しずつ寮母や生活相談員、看護師の増員として日の目を見た。ただ一方では、役所への煩雑な申請書の書き方にとまどう施設もあり、その研修も不可欠となった。また同時にケアの専門性を研究して施設職員の資質向上をはかるための研修も充実させる必要があり結局年間8分野の研修会を全国レベルで開催することになった。これらを聖明福祉協会の本来業務と並行して行うため、彼女は寝る間も惜しむ生活になったのである。
 この間の酒井さんの活躍が、特に選考委員には印象深かったようで、受賞の決め手となった。
 ただ、日常業務に埋没することなく、忙しい合間を縫って、彼女は欧米の盲老人ホームを視察して国内に紹介すると共に国際交流にも尽力する。その白眉は昭和51年(1976)、中央競馬馬主社会福祉財団の研修生として、米国、カナダ、英国、ドイツ、デンマークを3カ月半かけて視察したことで、その時の成果は小冊子にまとめた。また、オーストラリアのメルボルンにある盲老人福祉協会と姉妹提携するため、昭和59年(1984)に2カ月現地に滞在し、このときの様子を彼女は週刊『福祉新聞』に連載・寄稿した。
 日の出の勢いで全盲老連とその会員施設は発展してきたが、そこに明らかな暗雲がたちこめたのは、平成12年(2000)4月1日に介護保険が施行されてからだ。特別養護老人ホーム(特養)は、介護保険の荒波を直接かぶることになって経営は一段と厳しさを増した。それは、全盲老連の職員研修会に端的に現れた。特養の施設からの参加者が、予算不足からがた落ちとなったのだ。一方、養護老人ホームは介護保険施設ではなく、行政による措置施設なので特養よりまだましだが、地方においては定員割れを起こしているところもある。むろん入所希望者がいないわけではない。ちょっと視覚障害があれば介護認定をとって特養を勧めて、予算不足を理由に行政がなかなか「養護」に措置してくれない現実があるのだ。そんな多難な時代にあって、酒井さんはますます多忙になっており、今後の活動がさらに期待される。

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